【期間】2023年8月11日~13日
【形態】岩登り
【山域】北アルプス
【ルート】前穂Ⅳ峰正面壁 北条=新村ルート
【メンバー】H石、T岡(記)
8/11(金)
前夜、都内集合は22時15分だったにもかかわらず、大月を過ぎるまでに渋滞で3時間を要し、さわんど駐車場に到着した頃には既に午前3時半をまわっていた。
5時から準備をしてバスで上高地に入る。チケットを購入するのにも長蛇の列ができていた。流石お盆休みだ。上高地に入ると、やはり真夏でも涼しく心地よい。
河童橋より |
新村橋は相変わらず工事中で、徳沢からすぐの迂回路に入ると人に会わなくなる。
中畠新道分岐までは順調に歩いていたのだが、日が高くなるにつれ、無風の暑さが身にこたえるようになる。傾斜が急になってからは一向に私の足が進まず、睡眠不足で食欲も湧かない。
新道も半ばを過ぎたところで、少し睡眠を取らないことにはどうにもならなくなり、H石さんに先に行っていただく。少しでも何か食べなければとおにぎりを口に入れたものの、一口含んで座ったまま意識が飛んでいた。すぐに起きて残りを食べてから横になったが、実際に仮眠を取れたのか記憶が無い。その後やっとの思いで奥又白池にたどり着いた。
今回で4度目の奥又白池。テン泊装備で上高地から4時間の通過点だったはずが、登攀装備があるとはいえ、今回は本当にバテた。
豊富に出ていた冷たい水を飲んだ後、少し日が陰った空に飛び交う燕と奥又白池越しの前穂を楽しむ余裕ができた。
8/12(土)
4時の出発を考えていたが外に出てみるとまだ暗い。ガレ場を暗い中通過したくないので、5時過ぎに出発。奥のテン場からA沢に向けての尾根を少し登ったところに積まれたケルンを右に下りB沢下を横切ってC沢に向かう。我々が起床する頃に出発したパーティーは奥又白本谷を下からつめるルートを取っていた。
我々とほぼ同時に出発した隣テントの4人パーティーが少し前を歩く。雪渓越しに見る朝陽に照らされ4峰の陰影に気分が高揚する。
Ⅳ峰が迫る |
C沢までつながってはいなかったが、雪渓歩きはガレ場を歩くよりは格段に歩きやすかった。結果論ではあるが、この雪渓もアイゼンさえ履いていれば、アックスが無くても問題無かっただろう。
雪渓から岩場に移るところも段差が小さく特に苦労せず。この辺りは、石が乗っていたりザレているので落石に注意が必要。チョックストーンから更に登った草付きから見上げると、T1付近にまだ最初に出発した7人パーティーのうち数人がいるのが見えた。それを見た前の4人は松高ルートに変更。我々はそのまま北条=新村ルートへ。前の
チョックストーン |
ルートを見たH石さんが「核心部まではクライミングシューズいらないんじゃない?」と言うので、取り合えずアプローチシューズのまま登ることにする。
まずは私が1ピッチ目に取りつく。特に悪い箇所も無く、ピッチごとに少しの待ち時間はあったものの、その後もつるべで順調にハイマツテラスに到着。既に強い日差しで岩が熱くなってきているということ以外、正直ここまではほとんど印象が無い。そしてアプローチシューズのまま登ってきたのは正解だった。足が楽だし荷物が大きくならない。
ハイマツテラスでは前の渋滞をしばらく待つことになった。暑さに弱い私は、日に当たりっぱなしで熱くなった腕が痺れてくる。最終的には2時間半ほど話しながら待っただろうか。その間に、核心部のムーブを見てしまったH石さんは、少し残念そうだった。
我々の番になり、H石さんの荷物を少し私のザックに移して軽量化し(とは言ってもアックス、アイゼンは持ったまま)、クライミングシューズを履いてH石さんがリードで登る。青白ハングより少し下の部分が登り難そうだったが、その後のハングは意外とすんなり突破し、トラバースに入ったところでビレイ。
続いて私が登るもH石さんが苦労していたところで荷物の重さに耐えられずルートから右に剝がされてしまった。宙に浮いた状態になってしまい、自己脱出で上に見えていたフレークに足が乗る高さまで自分を引き上げてから左のルートに戻る。荷物を持っていると吊られているだけで疲れ、自己脱出も力を使う。それでも練習が役立った。本番で使わずに済むのが一番良いのだが、使える状態にしておくことは大切だと改めて実感。ハングもなんとか突破。その後のトラバースに入ってすぐのところはムーブがあって面白かった。自己脱出から核心までフルパワーだった私は、このピッチを登った時点で喉がカラカラだった。
青白ハング核心部を登るH石さん |
次のピッチは私のリード。バンドを右にトラバースしてピナクルにたどり着き、そこから角度を変えてカンテ沿いを登る。トラバースは、途中で乗った大きな石が落ちヒヤッとした以外、技術的に難しい箇所は無かった。ピナクルをヒールフックで登り、ビレイしているH石さんから「え、そんなムーブで登らないといけないところなの?そんなの嫌だよ」と言われる。後から話を聞くとピナクル左側は階段状になっていたようだ。まだまだルートの弱点が見えておらず、ボルダームーブが抜けない点を反省。ピナクルの上に立つとハーケンが色々なところに打たれていて逡巡した後右上する。足元が切れ落ちているので、なかなか高度感があってシビれる。見た目よりは脆いフェイス面を少し登ると、またテラス状になった場所に終了点がある。
ここでH石さんをビレイしている間、上から「ラク!」と声が聞こえ見上げると、斜め上から拳とサッカーボールほど大きさと思われる石が跳ねながら落ちてくる。北尾根へのトラバースあたりから落ちたものだろう。傾斜に沿って私めがけて落ちてくるので、ビレイ中の私は避けようがない。小さいのはなんとか避けたが、大きい方は左腿内側に当たる。重心を右足にかけ左足を流したので幸いにも大きなダメージは無かった(翌日になってからアザが大きくなったが)。すぐにH石さんに声を掛けると無事だった。H石さんの脇を飛んで行ったものの当たらずに済んだようで良かった。やはりこの辺りは岩が脆い。あれがH石さんに当たって動けなくなっていたらと考えるとぞっとする。
最後は凹状から草付きのピッチをH石さんのリードで登り終了。靴をアプローチシューズに履き替え、トラバースして北尾根縦走路に合流。4峰、5峰をクライムダウンし5・6のコルに到着したのは15時。途中でライチョウも出てきてくれた。ガスが出て涼しくなったのは本当に助かった。
北尾根から見下ろす涸沢 |
疲れで足の踏ん張りがなかなか利かなくなっている中での、ザレ場ガレ場はいやらしく、奥又白池に戻るまでかなり長く感じたが、なんとか明るいうちに到着することができた(17時頃)。この日は、道中も池に戻ってからもかなりブユが多く結構刺された。前日のように燕が飛んでいなかったせいもあるのだろうか。
戻ってきました |
とりあえずビールで無事完登したことを祝う。シャツを冷たい水に浸して着たが、それでも体の火照りがすぐに引くことは無かった。これは体質なのか、どうにかならないものだろうか・・・
夜も思いのほか暑く、短パンを履いて、寝袋は上に羽織るだけだった。
8/13(日)
朝は池を見下ろせるところまで散歩して景色を楽しんでから出発した。
疲れ(暑さによるダメージ?)が残ったままだったが、良いペースで中畠新道を下ることができた。
徳沢からは人も多くなり別世界。上高地に到着すると、更に人の多さに驚く。まだ外国人団体観光客はいなかったが、賑わいはすっかりコロナ前に戻ったように見えた。この連休直前に中国政府が日本を含む団体旅行を解禁したとのニュースを見たばかりだったので、これからは更に増えるのだろう。さわんど駐車場行きのバスを待つ行列は建物を半周していた。
帰りはいつものしもまきで風呂と蕎麦をいただき、大満足。やっぱりここの蕎麦は美味い!
高速の渋滞は想定範囲内で夕方には都内に戻る。
H石さんを待たせてしまったところもあるので、まだまだ判断を早くできるようにする必要があると感じた山行でした。
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暑い中の登攀ご苦労様、入山日が解っていたら差し入れが出来たかも?
返信削除小生8/⒒~13間で上高地いました。昔々運動靴で同ルートを登りました。
でも皆さんの記録を見るとカタカナ語が理解出来ません。屏風、滝谷懐かしいですねこれからも安全登山で楽しい山行が出来ますように。